[企業不正]大王製紙特別調査委員会報告書

 最近の報道では,井川意高元会長は,借入金のほとんどをカジノで使ってしまったようでありますが,もしかして,ギャンブル依存症病的賭博)だったのかと思わせる使いっぷりのよさ(?)です。日本では「パチンコ依存症」が原因で,多重債務や家庭崩壊が引き起こされる事例が報告されているようですが,嗜癖問題について詳しく解説されている赤城高原ホスピタルのHPによりますと,診断には3つの重要な要素があり,
1 コントロールの喪失
2 ギャンブルの頻度、掛け金、時間が増え、そのために必要な資金も増えること
3 ギャンブルによって失うものが増えるのに止められないこと
とのことで,元会長の行動が新聞報道どおりなら,病的賭博の診断が下されてもおかしくないように思えます。
↓赤城高原ホスピタル「病的賭博」の解説ページ
http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/PathologicalGambling.htm

 会社側は特別背任で元会長を告訴するようですが,元会長が,いわゆる図利加害目的,つまり,自己もしくは第三者の利益を図りまたは株式会社に損害を与える目的で,本件借入れをしたことを証明するのは,なかなか難しいのではないかと考えます。一つには,借入金および利息について,全額弁済がされてしまったら,会社としては一時的な資金不足で損害が発生したと主張することはできるでしょうが,実際問題,損害はなかった,あるいはそもそも損害を与える意図はなかったという主張を崩せるかどうかという点にあります。また,単に遊興費であるギャンブルに使っていただけなら,自己の利益を図ったということが認められる可能性は高くなるのでしょうが,それが病的賭博という精神疾患を患っていたためであり,自己の利益を図るより以前に,自分をコントロールすることすら難しくなっていたとしたら,果たして,特別背任として責任を問えることになるのかどうか。
 告訴を受けた東京地検特捜部がどのように判断するのか,どこまで実態が解明できるのか,「国策捜査」みたいなことにならなければいいのですが。

 調査報告書を読んで真っ先に感じたことは,大王製紙の取締役,監査役のみなさんは,自社の有価証券報告書に興味がないらしいということでした。報告書では,平成23年6月29日開催の取締役会に有価証券報告書の作成が報告事項として上程されているとの記述があり,「会議の終了とともに資料は回収され,東京本社の役員にはその後も製本された有価証券報告書が配布されることはなかった」と結ばれておりまして,経理担当取締役以外が,有価証券報告書に元会長に対する貸付金の記載があったことに気づかなかったことには責任がないことを暗に匂わせていますが,それでいいのでしょうか。
 ましてや,社外監査役のみなさんは,「本件のようなトップの不祥事にはチェック機能を発揮することが期待されていた(調査報告書)」にもかかわらず,有価証券報告書の配布を要求することもなく(もちろんご自分でEDINETからダウンロードすることもなく),どのように職責を果たすおつもりだったのでしょうか。「残念ながら社外監査役には本件貸付についての情報が届いていなかった」として,社外監査役が機能するように体制の整備を要求する以前に,子会社の決算書を読むとか,有価証券報告書について監査役会で詳細な説明を求めるとか,できていなかったことを率直に反省すべきであったのではないかと思料します。

 そうして考えてみると,特別調査委員に,同社の常務取締役と社外監査役が入っていることに大いに疑問が湧いてくるわけです。特別委員会のみなさんは,「1か月半程度の短期間で,(中略)会社からの膨大な資料の入手と,正確な情報収集を円滑に行う必要があり,大王製紙社内の者も委員として参加したことは有益であった(調査報告書)」と自賛しておられますが,その結果が,経理担当取締役と元会長の実弟である取締役以外の取締役および監査役の責任について,「本件貸付を防止すべき任務を十分果たしていたとは評価できない役員についても,相応の責任がある(調査報告書)」と指摘するに止まったのであれば,元会長でなくとも,「調査委員の公平性」について疑問視されるのも当然ではないかと考えます。

 元会長およびその実父である顧問から提供されているグループ企業等の株式で,貸付金の弁済が行われることになれば,会社側が抱える次の問題は,国税局でしょうか。
 元会長に対する貸付金に利息を課さなければ,相当の利息との差額が収益として認識され,同時に,同額が役員賞与に認定されて損金不算入となることから,かえって法人税負担が増えることにつながります。この点,有価証券報告書に開示されている関連当事者との取引では,元会長に対する23億5千万円の貸付金に対し,「市場金利を勘案して合理的に決定された利率」に基づき,未収利息が1,800万円計上されているようですので,今期に入って貸付が発生した会社についても,利息を請求することによって適切な会計処理が行われるものと思われます。
 次に問題となるのが,預かっている株式を貸付金の弁済に充てることとした場合の株式の評価です。市場で取引されている株式ならば市場価格を参考にして決定すれば問題はないわけですが,グループ企業の場合,そうはいきません。単に純資産価額で評価されてしまっては,元会長父子が納得しない会社もあるでしょうし,かといって,純資産価額を上回る株価算定がされれば,課税庁が文句をつける可能性もあります。当然,不相当に高い部分は元会長父子に対する利益供与であると主張されることが予想されますので,大王製紙本体はもちろん,貸付を行った7社を管轄に抱える税務署のみなさんは,今後の展開を大いに注目しているのではないかと思う次第です。

 調査報告書に添付された資料によれば,大王製紙の国内連結子会社35社のうち過半数以上を有している会社が3社しかない一方で20%未満しか保有していない会社が23社もあり,35社のうち,大王製紙以外の株主名と株主数を開示しない会社が過半数の18社もあるそうです。そんな状況の中で,「当社グループの平成23年3月31日における財務報告に係る内部統制は有効である(内部統制報告書)」と判断せざるを得なかった経理・財務担当の常務取締役が,一人責任をとる形で辞任されているのが気になります。経理・財務担当常務から社長や社外監査役に報告があったとしたら,元会長の暴走は止められたのでしょうか。元会長に貸付を行った7社に対する大王製紙の議決権割合は最高で25%,最低は10%だったようです。

【税理士 米澤 勝】