[企業不正]大証金融商品取引法研究会報告

オリンパス大王製紙事件」(報告者:神戸大学大学院法学研究科 飯田秀総准教授)

 去る5月25日に開催された研究会報告の模様が公開されています。研究会から4カ月以上たって公開することの是非はともかく,関西の有名どころの大学の先生たちが名を連ねている研究会で,どんな報告が行われ,メンバー間でどのような質疑がかわされたのか,ひじょうに興味をもって,読ませていただきました。
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http://www.ose.or.jp/news/22374
 前半は,神戸大学の飯田准教授による報告です。事件を時系列に沿ってまとめたレジュメが17ページ。報告内容を文章に起こしたものが24ページあります。飯田先生の報告は,両方の事件について,コーポレートガバナンスの法制度の限界・改善点を検討することと,とくにオリンパス事件については,金商法21条の2における「公表日」がいつなのかをという問題を検討すすることを目的とされています。
 オリンパス事件に関して,飯田准教授は,「傍観者的な対応をとってしまった人たちが少なからず存在していた」ことに着目され,こうした人たちの「背中を押すような制度設計」を提案されています。ただ,具体的にどうするのかという点については,報告の後の討論を読んでも,言及はありませんでした。
 また,金商法21条の2における「公表日」については,オリンパスの株価推移をみると,第三者委員会の調査の過程で「損失先送り」があったこと(ただし金額は未発表)を発表した日(11月8日)の株価と,第三者委員会報告書で先送りしていた損失の金額を具体的に公表した日(12月6日)の株価をそれぞれ基準として考えた場合,11月8日を公表日として考えた場合には株価下落による損失が発生するが,12月6日を公表日とした場合,直近の前後1カ月の株価比較では公表日後に値上がりした形となってしまうため,本来は損失の具体的な金額が確定した日(12月6日)を公表日とすべきだが,本件では11月8日を公表日としてもいいのではないかというものです。

 討論の中でメンバーの方たちの発言が目立ったのは,会計監査人の意見不表明と不正発見義務についてでした。
 飯田准教授の発表の中では,オリンパスの監査を行ったあずさ監査法人は,2009年3月期決算について,どうして「意見不表明」ではなく「無限定適正意見」を出してしまったのかという点に関して,「違法性の確証がなければ無限定適正意見を出さざるを得ないのか」という問題を検討されています。過去に意見不表明となった5社はすべて上場廃止となっているということで,上場廃止の責任,あるいは事後的に意見不表明が間違っていた(不正はなかった)場合の損害賠償リスクを考えると,意見不表明を選択するのは難しいのではないかという分析です。
 これに対して,メンバーのみなさんは意見不表明を出すことは構わないという立場の方が多いようです。
 早稲田大学の岸田雅雄教授は,「不適正の場合は,間違っていたら責任があると思うが,意見不表明は,意見を出さない,証拠が集まらないから出せない」だけなので,「上場廃止になってもそれはしょうがないので,これは会計監査人に責任がない」というふうに言明します。
 また,同志社大学伊藤靖史教授も,「これ以上わからないけれども,これはちょっと無限定適正意見はつけられないというのであれば,意見不表明をすればよい。それについて,別に事後的に責任追及されるおそれは,現状でもないはずです」と説明されています。
 一方,会計監査人の不正発見義務に関して,発表者の飯田准教授は,公認会計士は不正を発見するのが義務だという考えに対しては,「要するに,期待できる人が会計監査人くらいしかいない」ことをその趣旨だと説明し,これを受けて岸田教授は,「(権限を持っていないにもかかわらず)不正行為を発見しろと言われたのでは,公認会計士の立場はない」と説明します。

 このあたりの討論を読んでいて,筆者はたいへんに違和感を覚えました。
 確かに,無限定適正意見を書くだけの心証を得られない状況で期日が迫った場合にどうするかという問題は,どんな会計監査人にも生じる可能性があることです。この場合に,「証拠が集まらないから意見は出さない,これは被監査会社の責任である」ということでいいのでしょうか。監査契約は準委任契約ですから,会計監査人が任務を懈怠した場合には,当然,損害賠償義務を負うわけです。とすると,監査契約上は「意見を表明する」ことが求められているので,「意見不表明」となれば,被監査会社に過失があったにせよ,会計監査人に何らかの損害賠償責任が発生しないのはおかしいのではないかと。被監査会社としては,当然,監査報酬を支払わない,または既に支払った報酬の返還を要求する,というのが当然ではないでしょうか。
 また,不正行為の発見に関する会計監査人の責任ですが,前回紹介した公認会計士の宇澤亜弓先生が,「重大な不正会計は,その兆候もまた財務諸表に表れるのである」から,社会は,「その発見を会計・監査の職業的専門家である公認会計士による監査」に求めるのであり,それに応えられないようでは,監査証明制度の意味はないと力説しておられ,筆者としては,宇澤先生の意見に賛同するところ大であります。
 会計監査人と不正発見と題されたパートの最後で,京都大学名誉教授の龍田節先生が,実に含蓄のある発言をされておりますので,全文を引用させていただきたいと思います。
 会計士の責任が問題になる訴訟では,必ず会計士協会とか会計の先生方が証言するんですね。で,今岸田さんが言われたように,不正発見が目的ではないと。それで裁判所もそうだと言うのですけれどね,それはそれでよろしいわ。それはそれでいいけれども,だからといって,どっちともつかないときに適正意見を出すということに直結するのかというと,そこには大分溝があるような気がするのですがね。何もそう直結するものじゃない。
【税理士 米澤 勝】