[書籍]宇澤亜弓『不正会計――早期発見の視点と実務対応』

不正会計―早期発見の視点と実務対応

不正会計―早期発見の視点と実務対応

 元警視庁財務捜査官,その後証券取引等監視委員会特別調査官として,合わせて12年間に及ぶ捜査・調査経験を有する宇澤亜弓公認会計士による,不正会計を早期発見するための指南書。取り上げられている不正事例も盛りだくさんで,550ページを超える大部の書となっています。不正会計の発見を,「端緒としての違和感」と「結果としての納得感」という観点から,実に丁寧な解説が綴られているといった印象です。
 とくに「財務諸表を利用した不正会計の端緒の把握」に関しては独立した1章をあて,不正による作為が,財務諸表にどのように表れているのか,そこからどう違和感を得るかが,実際の有価証券報告書の記述とともに,解説されています。要は,不正会計の端緒と思しき事実を発見したら,納得いくまで事実関係を調査しなさい,ということに尽きるわけですが,実際の業務の中でこれを行うのはかなり困難を伴うものです。
 読みどころの一つは,実際の捜査・調査体験に基づいているであろうと思料する記述がたくさんあるところです。とくに,調査担当者の心境を描写した,以下のような箇所は大好きです。

 不正会計の端緒を何の情報もなく,自らの財務分析等で把握した場合には,信じられるのは自分だけということになる。すなわち,本当に不正が行われているかどうかの保証がない中で,自らの違和感を信じてその事実解明に当たらなければならないということである。この時の心境は,確信と不安の間を揺れ動くことになる。しかも,会社担当者は半ば恫喝に近い抗弁をしてくるのである。これでもし何もなかったら…。このような心境の中で,自らの「違和感」を信じて調査に取り組むことは,実際にはなかなか難しいことだいうことは,予め認識しておくべきであろう。結論を言えば,それでも取り組まないといけないのであるから。
 調査担当者は孤独です。上司や周りがバックアップしてくれればまだしも,「そんなことをして何もなかったらどう責任を取るんだ」と,身内から言われることも少なくない中で,自らの経験と能力を最大限に生かして,不正の闇に切り込む覚悟が必要となります。
 それでも,結論としての納得感を得るまで,調査はしなければなりません。ただ,不正実行者も追い込まれているのです。宇澤先生も,追及を受ける不正実行者と調査担当者の関係を「チキンレース」にたとえ,「引いた方が負け」だと結びます。

 もう一つ,思い切ったことを論じられている箇所がありました。会計監査と不正会計の関係について,かなり厳しく公認会計士監査のあり方を批判している点です。「監査の目的は不正発見ではない」という論者,監査と社会にあると説明される期待ギャップについて,宇澤先生はこう斬って捨てています。

 特に投資者の投資判断に影響を与えるような重大な不正会計は,その兆候もまた財務諸表に表れるのである。ゆえに,その発見を会計・監査の職業的専門家である公認会計士による監査に社会は期待するのである。その社会的な期待に応えられない理由として,監査制度は,被監査会社の協力が前提であり,固有の「監査の限界」を有するのであるという抗弁や,ましてや,その社会の期待に対して,期待ギャップがあるなどという抗弁は,全くの無意味であり,制度としての自殺行為としか考えられない。
 公認会計士協会首脳部に真っ向から喧嘩を売っているようで,ちょっとハラハラもします。とはいえ,実際の監査業務を行っている会計士さんたちには耳の痛い話でしょうが,会計士監査に対する社会の要請から考えれば,こういう結論になるのは当然であると思うところです。

 ちなみに,宇澤先生は,「ビジネス法務の部屋」でおなじみの山口利昭先生から,
「著者の名前から,小柄で知的な女性会計士のイメージを抱かれる方も多いかとは思いますが,大柄かつ目つきの鋭いオジサンです。」
と紹介されています。
 小職も初対面のとき,同じような感想を持ちました(宇澤先生,ごめんなさい)。

【税理士 米澤 勝】