[書籍]石塚健司『四百万企業が哭いている――ドキュメント検察が会社を踏み潰した日』

四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日

四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日

 表題の「四百万企業」の意図するところは,「日本の企業数は約420万社」でこのうち99.7%を中小企業が占めているという,中小企業白書からの引用によるものでしょう。金融庁の「検査マニュアル」が引き金となって融資を受けづらい状態が続いてきた中小企業が,延命のために粉飾決算を重ねながら,何とか営業を継続している。もちろん,銀行の融資担当者と中小企業の経営者では,明らかに経営者に分が悪いから,コンサルタントが介在する場合も少なくない。そうした状況に,東京地検特捜部の捜査が入った――。
 主人公は元銀行員の経営コンサルタントと彼が支援してきたアパレル会社の社長。直接の容疑は,粉飾決算を行ったうえで東日本大震災関連の保証制度を悪用して,金融機関から合わせて1億数千万円を詐取したというものであり,事前に逮捕の情報が検察からリークされていたらしく,「震災詐欺」という言葉がTVや新聞紙上をにぎわせました。
 特捜部の描いた構図は,
「悪徳コンサルタントが実質破綻の中小企業を利用して震災復興などの保証制度を食い物にした」
というもので,マスコミ各社もこうしたコメントをそのままの形で世間に伝えました。
 ところが,融資を受けたアパレル会社は業績を回復しつつあり,元利金の返済も滞ることなく続けていて,社長逮捕という事態さえなければスケジュール通りに融資金を返済することができた可能性がありました。しかも,融資された金員はすべて会社の事業資金として費消され,遊興費や使途不明金などはありません。一方の経営コンサルタントも,融資に関する成功報酬をまったく取得しておらず,利得がない状態で逮捕されてしまっている状況です。
 それでも詐欺罪での立件に向けて突っ走る特捜部と,詐取するつもりはなかったと主張する社長とコンサルタントの対立が詳細に描写されています。

 特捜部による供述調書作成シーンで印象的だったのは,「返すあてがあった」とする被疑者の主張を,何とかして,返済する意思がなかったと曲げさせる場面でした。
 アパレル会社社長が,断固として譲らなかったのは,「返すあてがないのに借りたなんてことは絶対にない。」という一点でした。これを検事は,殺人事件における「未必の故意」の論理を持ち出して,説き伏せにかかります。「相手に致命傷を負わすかもしれないと分かっていて包丁を突き出したのであれば,これは殺意があったとみなすのが法律」であり,新たな融資がなければ銀行返済が止まる状態で,粉飾決算をして融資を受けたということは,不測の事態が生じれば返済不能になることがわかっていたということであり,「確実に返すあてはなかった」ということであり,「確実に返済する意思がなかったのと同じこと」なのだ,と。
 その結果,供述調書には,次のような記述だけが残ることになります。

「以上のような状況になっていたことを,借りた金を確実に返すあてはなかったと表現されるのであれば,確かに『借りた金を確実に返せるあてはなかった』と認めざるを得ません。また,『借りた金を確実に返せるあてはなかったという状況をわかっていながら借りたこと』を,確実に返済する意思がなかったと表現されるのであれば,私には『確実に返済する意思がなかった』ものと認めざるを得ません」

 この社長は,本書で繰り返し述べられていますが,会社経営のために人生のすべてを投げ出してきたような人で,自分の趣味や交友関係を犠牲にしてまで会社のための時間を作ってきた人です。こうした論法で,「確実に返せる当てがなかった」から,「確実に返済する意思がなかった」と言い換えられてしまったら,住宅ローンを申し込む会社員だって,35年後に会社が存続しているかどうか,そこまで同じ会社に勤められるかどうかなど分からない以上,未必の故意による詐欺罪が成立してしまうことになります。

 アパレル会社社長も経営コンサルタントも,3月28日言い渡された第一審判決では,ともに懲役2年4月の実刑判決でした。当然,控訴しましたが,経営コンサルタントついては,9月26日に控訴が棄却され,ただいま上告中ということです。一方,社長の控訴審は,11月7日の判決言い渡し期日が,被害金の弁済により延期されました。
↓ MSN産経ニュースの記事
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121107/trl12110719500009-n1.htm

 粉飾決算をすること,粉飾した決算をもとに金融機関に融資を申し込むこと。そうした行為が犯罪であることは言うまでもないことです。ただ,本件については,特捜部が捜査を強行し,二人を逮捕したことによって,利益を得た人がいたのかという疑問があります。銀行は貸付金が焦げ付いて損失が発生し,保証協会も同様です。仕入先の多くは売掛金を失い,従業員は給料が支払われなくなりました。さらに借り入れを増やすことによって被害が拡大するのを防いだのだという弁解はあるかもしれませんが,金融機関の与信審査はそれほど甘くはないでしょう。少なくともスケジュール通り返済を続けている間は,捜査着手を見送る。事業の実体がないとか,倒産を偽装した場合には,速やかに動く。その程度の配慮はあってしかるべきではないかと,強く感じました。

 読み終えて,一つだけ残念に思ったのは,著者の石塚健司さんもマスコミの一員であり,検察が自分たちに都合のいい情報をリークしてマスコミを煽り,世間を誘導していく手法については熟知されているはずなのに,そうしたマスコミ(報道する)側に対する批判的な記述がないことでした。検察側が発表した内容を,何の裏付けもなしに報道する。逮捕情報が事前に流れる。捜査情報が記者によってもたらされる。そうした状況が異常であること,マスコミによって誘導された世間の憤りが,検察が後戻りを躊躇する原因となっていることなど,伝える側の自戒も含めて読んでみたかったと思います。

経営コンサルタント佐藤真言さんを応援する会
http://www.supportingsato.com/
アパレル会社元社長朝倉亨さんを支援する会
http://asakura.matrix.jp/index.html

【税理士 米澤 勝】