[書籍]上田二郎『国税局直轄トクチョウの事件簿――脱税をどう見抜き,暴くのか』

国税局直轄 トクチョウの事件簿

国税局直轄 トクチョウの事件簿

 元国税調査官による税務署の「特別調査部門」の調査手法が4つの事例のもとに紹介されています。著者は,国税局査察部で長く内偵調査を担当された経験があり,退官後の第1作『マルサの視界 国税局査察部の内偵調査』では,表に出ることの少ない「ナサケ」の活躍が印象的でした。
国税局を退職直前の特別調査部門の統括官時代の経験を描いた本作の冒頭で,著者はこう書いています。

 残念ながら,調査経験の浅い人が書いた本には,税務調査の表面的な部分しか書かれていないのが実情なのです。(中略)
 私が憂慮しているのは,こんな本を信じて税務署の実力を侮り,安易な脱税をした結果,税務調査で痛い目にあってしまっている人たちがいるという事実です。

 だから,「税務調査を甘く考え,軽い気持ちで脱税をしている納税者に警鐘を鳴らすのが目的で」この本を書いたということです。

 著者が対決する納税者は,美術商,弁護士,司法書士,風俗産業の影のオーナーなど,いずれも一筋縄ではいかない相手です。しかも,彼らのバックには,いかにして納税額を減らすかに知恵を絞っている,もう一方の税の専門家である税理士が控えています。
 著者は,「“調査の女神”が微笑んだ」という表現で,税務調査における「ツキ」を強調しています。ただ,本書を読む限り,調査の女神に微笑んでもらうためには,相当の努力が必要とされるようです。出勤前,昼休み,空き時間,休日などを利用した執拗な張込み。地道な銀行調査。2,500件の取引先への反面照会文書の送付,など。

 特別調査部門では,故意に税負担を免れている人に対しては一歩も引かない覚悟で調査をおこなっており,ときに調査日数が100日を超える場合もある。申告納税制度の維持のためには,「正直者がバカをみる」社会であってはならない。

 プロローグに書かれた,特別調査部門統括官としての矜持を感じさせる調査手法を,存分に味あわせていただきました。

【税理士 米澤 勝】