『消費税のカラクリ』

消費税のカラクリ (講談社現代新書)

消費税のカラクリ (講談社現代新書)

書店で手に取って,「はじめに」の部分を読んでみたところ,
「本書は消費税論の決定版である」
「私が消費税の本質とカラクリを明らかにして見せよう。本書の指摘を無視した消費税増税は論外だ。もっと言えば本書を読む前には“議論”もしてはならない」
などの記述がありましたので,その心意気に打たれて,とりあえず読んでみることにした。
著者の斎藤高男氏は1958年生まれのジャーナリスト。これまでにも,『源泉徴収と年末調整』といった税制関連の著作はあるようですが,寡聞にして,筆者は未読でありました。
著者は,本書の中で,消費税の問題点をいくつも指摘しています。
消費税が価格転嫁できない下請業者・中小事業者が,納税のために自己資金を取り崩さなければならないこと。しかも,事務負担に耐えるため簡易課税を選択せざるを得ないばかりに,大幅な赤字でも消費税の納税義務はなくならず(売上高に対して一定割合で納税義務が生じる),その結果,廃業や自殺に追い込まれる事業者もいること。輸出免税とそれに伴う仕入れにかかった消費税額の還付制度が,実は大企業に大きな利益をもたらせていること。雇用ではなく,派遣や請負に依った方が,消費税の納税額が減少することから,企業が非正規労働者を増やすインセンティブになっていること,などなど。
いずれも消費税の問題点であることには間違いはないのですが,著者自身,民主商工会からの情報提供やマスコミの報道に頼って記述しているように,これまでも,何度となくとりあげられてきた論点であり,目新しい指摘ではありません。こうした問題点の解消が図られることなく,むしろ,問題を拡大し,中小企業者をますます窮地に追い込むのが,「消費税率の引き上げ」である,という論旨は理解できます。

著者の批判対象の一つに日本経団連があります。その『豊かで活力ある国民生活を目指して』と題された2010年4月公表の提言の中で税制に触れた部分に対して,
「あらゆる存在は経済成長のために捧げられるのが当然で,その牽引者たる多国籍企業,巨大資本こそがこの世の主人公なのだという自意識に溢れた提言だった。税制にも成長を促すか補完する道具としての役割ばかりを求めている。公正さとか法の下の平等とか,憲法で定められた生存権や財産権に照らしてどうかといった理念への配慮は皆無に等しい」
と評しています。日本経団連の構成員である大企業を,「多国籍企業」と称しているところは,ずいぶん古臭い呼称のような気がして,いささか違和感がありますが,批判の内容については,同意できるものでした。

一方,少し気になる記述もありました。消費税を滞納したことを理由に不動産を差し押さえられ,自殺したというある納税者について実例をあげているのですが,意図的にかどうかは不明ですが,税務署の滞納に対する厳しさを裏付ける事実が,同じ納税者が居住する県の「県地方税滞納整理機構」が地方税の徴収率を上げるための行為への批判といつの間にかすり替わっている部分です(85ページ)。
全国で設立されている「地方税滞納整理機構」の運用にも問題はあるのでしょうが,県税事務所の徴税姿勢が厳しいという批判が,そのまま同じ県に所在する税務署の徴税姿勢にあてはまるかのような表現は,少し,無理があるのではないかと感じた次第です。

本書に,理論的な裏付けを与えているのは,「不公平な税制をただす会」の主張です。
同会の「租税の負担原則を,応益負担から応能負担へ」という主張は,消費税の増税をしなくても税収をあげることが可能であることを具体的に示しています。筆者もまた,税制の抜本的な改正に当たっては,「応能負担の原則」を十分に考慮すべきであると考えています。
また,法人税を引き下げないと日本企業は外国へ本店機能を移して産業が空洞化するとか,所得税負担を嫌がった富裕層は住所地を海外へ移してかえって税収が下がる,といったあまりデータの裏付けのない主張に与しないで,法人税率を引き下げる必要はなく,所得税最高税率は引き上げる(消費税導入前の水準に戻す)べきだとする斎藤氏の論旨にも,筆者としては同意すべき点が大いにあります。

本書は,消費税の仕組みをあまり知らされてこなかった納税者に対して,そのからくりを教えようとした著者の意図は十分に伝わるものであり,新書という形で世に出されたことも含め,税務を生業とする筆者にとっても,たいへん興味深い内容でありました。
ただ,消費税の滞納に関する実例を記述している部分で少し気になる表現があったこと,民主商工会へのシンパシーと日本経団連へのかなり厳しい批判など,読み物としては面白くとも,少し偏った主張もありました。

なお,去る6月17日,「不公平な税制をただす会」の主宰者のお一人であった,北野弘久名誉教授が亡くなられました。北野先生がご健在なら,管首相の発言をどのように批判されるだろうか。今回の参議院議員選挙の結果をどんなふうに論評なさるだろうか。今さらながら,先生のご逝去を悼みます。

(米澤勝)