[書籍]速水健朗『1995年』ちくま新書

1995年 (ちくま新書)

1995年 (ちくま新書)

 2012年4月,NHK深夜のニュース番組としてスタートしたNews Web 24(現在はNews Webと改称されています)は,画期的な番組だったと思います。今では,多くの情報番組が取り入れていますが,視聴者がツィートした文章を画面に表示し,それに日替わりで登場するネットナビゲーターがコメントしたり,ツィートをもとに識者に質問したりする手法は,斬新であったと記憶しています。また,ネットナビゲーターの人選もおよそNHKらしくないメンバーであるという印象を持っていました(2012年4月時点で,筆者が5人のネットナビゲーターのうち名前を知っていたのは,古市憲寿さんと津田大介さんのお二人だけでした)。
 本書の著者,速水健朗さんも,このネットナビゲーターの一人であり,シニカルなコメントと特定の分野に妙に詳しい人という印象が残っています。

 そんな著者が1995年という歴史を横に読んだのが本書です。その切り口は,政治,経済,国際情勢,テクノロジー,消費・文化,事件・メディアという6つのジャンル。
 巻末の年表を眺めるだけでも,1995年はいろんな出来事があったことがわかります。もちろん,阪神・淡路大震災が1月に起き,地下鉄サリン事件は3月にあったことは記憶にありますが,WTO(世界貿易機構)がこの年の1月1日に発足したことや,野茂投手の大リーグ挑戦とオリイクス・ブルーウェーブの優勝,PHSのサービス開始,ロッキード事件では田中角栄元首相の上告が棄却され,パスポートの有効期間が10年に延びたことなど,「同じ年にあったことだったのか」と思うくらい,震災とオウム真理教のことだけが,1995年とつながっているような気がします。そう,ウィンドウズ95に熱狂したことも,すでに遠い昔になってしまいました。

 そんな1995年を,速水さんはこう評しています(あとがきより)。

 「1995年」は,バブルの時期からたった5,6年あとの世界でしかない。一方,2013年の現在からは,18年も前の話である。とはいえ,「1995年」はバブルの時期よりも現在に近い時代であるように思う。そして,現在の日本はその95年の延長線上に置かれている未来であるのは間違いない。
 あとからその時代を振り返る楽しみの一つは,一時,スポットライトを浴びた人物がその後どうなったかを検証するという,少し意地の悪い企みにあります。
本書でも,随所にそのような話題が織り込まれ,読者の心をくすぐるわけですが,もっとも速水さんらしいなと思ったのが,『脳内革命』で400万部を記録した春山康夫氏のその後に関する,こんなコメントでした(もちろん,『脳内革命』の刊行も1995年です)。

 ちなみにポジティブ・シンキングですべてがうまくいくという内容で大ベストセラーを飛ばした著者の春山が,その教えとは裏腹に,事業の失敗,巨額の所得隠しによる摘発,自ら開設していた医院の破産と波瀾に満ちた人生を送っているのが皮肉である。
 速水さんは「はじめに」と題された文章の末尾で,「最低限,懐古趣味を満足できるもの」にしたい旨,お書きになっていますが,懐古趣味を満足させるだけにとどまらず,1995年という1年の出来事を通じて,現在の日本がどのように形作られてきたかを解き明かしていて,喉元を過ぎれば忘れてしまいがちな私たちに,ある種の警鐘を鳴らしているような読後感を持ちました。

【税理士 米澤 勝】