[書籍]廣中直行『依存症のすべて――「やめられない気持ち」はどこから来る?』

依存症のすべて 「やめられない気持ち」はどこから来る? (こころライブラリー)

依存症のすべて 「やめられない気持ち」はどこから来る? (こころライブラリー)

 もともと「依存」という言葉は,世界保健機構が薬物の危険性を表すために使い始めた言葉である(本書144ページ)らしいのですが,いまでは,「ネット依存」や「ギャンブル依存」など,薬物以外への依存を目にすることも多くなりました。
 本書は,薬物以外の依存症も含めて,依存症になるメカニズム,依存症の症状,依存症からの回復,予防といった項目を,行動薬理学が専門の著者がわかりやすく解説しています。
 とくに,「依存症と社会」と題された第6章は,依存症を予防するための規制や予防教育,司法と医療,精神医学と心理学など他分野の専門家が連携することの必要性などとともに,究極の依存症対策として,次のような言葉がありました。

 依存症を治療して「そこに戻す」,依存症になりそうな人は「そこから脱落しないようにする」の「そこ」というのは,今のこの日本といってよい。とりあえず,それしかない。たとえそれがいかに退屈で,面倒で,景気も悪く,生活も苦しく,思わず誰かをいじめたくなるほど空気の澱んだいやな世の中であっても,ここ以外に生きるところはない。
 そうなると,究極の依存症対策として考えるべきことは,この世の中を住みやすい方向に変えることである。
 もちろん,こうした主張に基づき,貧困対策,暴力団対策の重要性を訴えるというのは,「薬物乱用撲滅!」セミナーなどではあまり歓迎されないそうで,「心がけ一つで薬物乱用は防止できる」とか,「きまりを守る正しい心と誘惑に負けない強い心が大事」という話をした方が評判はいいらしいのですが,依存症患者を増やさないために,できることは何かという問いに対する,専門家としての著者の結論があるように感じました。

 インターネット依存症という言葉は,1995年にアメリカの精神科医が冗談で発表したところ,多くの専門家がこれを冗談とは取らず,翌1996年にはアメリカ心理学会で,研究成果を発表する学者が現れたというエピソード(本書172ページ)は,インターネット普及期から,ネット依存症を問題視する専門家がいたことを教えてくれます。
 一日中スマートフォンが手放せない大人も,ゲームのことが頭から離れない子供たちも,そうした行為が人体(とくに脳)に与える影響が解明されるにしたがって,オンラインゲームによる課金問題や掲示板への悪意の書き込みなどの被害で終わらない,脳機能の損傷などが明らかになり,慌てて対策が必要だという事態に陥るのかもしれません。
 そうしたときに,バーチャルな世界よりもリアルな世界のほうを大事にしましょう,という言葉をネット依存者が受け容れるためには,筆者の究極の依存症対策であるところの,「この世の中を良くする」ことの重要性がより高まってくるのではないかと思いました。

【税理士 米澤 勝】