[話題]児童による自転車事故と母親の損害賠償責任(神戸地裁平成25年7月4日判決)

 判決直後に大きく報道された事件です。自転車事故による損害賠償請求事件としてはかなり高額であり,しかも,事故当時加害者は小学校5年生であったことから,その親権者である母親が民法714条1項の規定による賠償責任を認められたため,同じ年ごろの子を持つ親としても,たいへんに気になっていた事件でした。
↓ MSN産経ニュースの記事
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130705/waf13070510280012-n1.htm
↓ 同じく,MSN産経ニュースの解説記事
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130713/waf13071312010019-n1.htm

 事件後の有識者のコメントは,「交通事故の賠償金としては決して高い金額ではない」とか,「自転車も保険に加入することを義務化すべきだ」などというものが多く,確かにその通りかもしれませんが,実際にこの賠償金を支払う能力がなかったとしたら,この母と子はどうなってしまうのだろうか,たぶん自己破産しかないのは理解できるのですが,そんな判決にどんな意味があるのかと。被告が自己破産して賠償金が支払われなければ,結局のところ,原告の逸失利益や治療費は,勝訴判決にもかかわらず,手にできないのではないかと。
 この事件の判決文が判例時報平成25年11月11日号(2197号)に掲載されていましたので,読んでみました。
 判決では,自転車事故における原告の過失を認めていませんでした。つまり,自転車に乗っていた児童が,下り坂をかなりの速度で走行し,前方を注視する義務を怠ったため,衝突直前まで原告に気づかず,事故を起こし,その結果,原告は頭部を地面に強打したものであったと認定しました。同時に,親権者である母親は,児童に対して自転車の運転に関する十分な指導や注意をしていたとは言えず,監督義務を果たしていなかったことは明らかであるとしました。
 民法714条1項ただし書きには,
監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。と規定されており,母親は,当然,自転車に乗るときは注意をするように指導しているはずではないかと思うのですが,結果的にこのように事故が起きてしまうと,「十分ではなかった」という判断になってしまい,このただし書きが適用されることはないということでしょうか。

 事故に遭って意識不明になってしまわれた被害者である原告に対しては,本当にお気の毒であり,おかけする言葉もないのですが,かといって加害者である児童とその監督義務を負っていた母親ばかりを責めるのも酷のような気がしてなりません。
 自転車に乗る児童に交通ルールを守らせる責任は一義的には親権者にあるのはもちろんですが,道路整備の責任を担い,あるいは自転車に対して保険加入を義務付けるなどの施策をとってこなかった行政,とりわけ警察にも,交通事故を根絶する,交通事故による被害者を救済するという義務を果たしてこなかった責任があるのではないかと,思った次第です。こうした事件に報道に接した道路整備を担当する自治体職員や交通事故を防ぐべき警察署員が,どんな感想を持っているのか,もし,他人事のようにしか感じていないのだとすれば,その方がよほど問題の根は深いような気がします。

【税理士 米澤 勝】