[書籍]清水洋『国家が個人資産を奪う日』

国家が個人資産を奪う日 (平凡社新書)

国家が個人資産を奪う日 (平凡社新書)

 著者は,事業再生業務を専門とする税理士であり,本書でも,現場での体験に根ざした分析・提言がなされています。日本独特の連帯保証制度が起業家を育てることを阻み,信用保証協会による保証の問題点――債務者から保証料をとっておきながら,代位弁済後に,債務者に求償するシステム――の指摘は,もっともなところです。
 第1章では,現在の日本経済は「不況」ではなく,「グローバル化に伴う痛み」に苦しんでいると解説したうえで,「国内の物価が世界レベルの一物一価に下がるまでこの状況は変わら」ず,「成熟した社会の日本では本格的な経済成長など望めない」と締めくくります。

 そして第2章で「債権バブルの崩壊」について詳述しています。
 著者は,安部首相が提唱するアベノミクスをこのまま過信した結果,債権バブルが崩壊し,「金利急上昇」が起こり,住宅ローンを払えない家計の破綻が急増し,円安により消費者物価が急上昇,「ハイパーインフレ」によって自殺者がさらに増え,「インフレ化の不況(スタグフレーション)」という末期的な事態が起こると分析します。

 ハイパーインフレの条件が整えば,物価は現在の10倍程度になることは十分に考えられる。そうなったら,現物資産(不動産や金等)の価値は高騰し,現金の価値は大幅に下がる。一部の資産家はほくそ笑むだろうが,多くの年金生活者は生活に困窮する。生活保護世帯も急増するだろう。 この状態を喜ぶのは誰か。実は,一人で笑いを噛みしめているのは国家だ。
 現在1000兆円あるといわれる国家の債務残高も,物価が10倍になれば実質的に10分の1の100兆円程度に圧縮されることになるからだ。その程度の債務だったら保有していても大丈夫,国家が潰れることはないと試算しているのではないか。

 いつか,債権バブルが崩壊して金利が急上昇するところまでは理解できますが,金利の上昇がインフレ,つまり物価の上昇(ハイパーインフレ)に直結するという点,少し違和感を持ちました。
 債権バブルが崩壊して国債が暴落すると円建て金利は上昇します。国内の金融機関の多くは自己資本を毀損して,日本発の金融恐慌が起こるかもしれません。その際,円安に振れれば,輸入価格の高騰で物価が上昇するというシナリオになるのは理解できますが,国債は価格が下がったとはいえ,デフォルトに陥っているわけではないので,円金利の上昇をチャンスとみて円を買い,値下がりした日本国債を買おうとするシナリオはありないのでしょうか。
 そうすると,金利は上昇するが物価は上昇しない,あるいはデフレ状態が続くという,本書で想定されていない経済状況になってもおかしくないのではないかと思うのです。

 債券バブルが崩壊する可能性を常に意識して,自分の資産は自分で守ることが大事であるという著者の主張は,本書を通して一貫しています。日本国の債務が1000兆円を超えたとことが先般報じられましたが,安部政権が経済問題にどのように対峙しようとしているのか,これまで以上に注視することが求められています。
 著者が本書の序章で説明しているように,「生活物価が上がり始め,住宅ローンの金利長期金利に同調して上昇を始めたら,国民の生活は一瞬にして破綻してしまう」可能性は,金融緩和政策を柱の一つとするアベノミクスの副作用という片づけるわけにはいかないからです。

【税理士 米澤 勝】