[書籍]東谷暁『経済学者の栄光と敗北――ケインズからクルーグマンまでの14人の物語』

 420ページを超える大作。2013年の新書大賞を受賞した小熊英二『社会を変えるには』が520ページ余りの大部であったことから,何となく,分厚い新書も許されるような風潮があるのかもしれませんが,ずっしりと重く,読み応えもあります。東谷さんがとりあげたケインズ以降の経済学者は以下のとおり。半数の7人がノーベル経済学賞を受賞しています。

John Maynard Keynes 1883 - 1946
Paul Anthony Samuelson 1915 – 2009
John Kenneth Galbraith 1908 – 2006
Hyman Philip Minsky 1919 – 1996
Milton Friedman 1912 – 2006
Gary Stanley Becker 1930 –
Richard Allen Posner 1939 –
Robert Emerson “Bob” Lucas, Jr. 1937 –
Friedrich August von Hayek 1899 – 1992 
Karl Polanyi 1886 -1964
Peter Ferdinand Drucker 1909 – 2005
Paul Robin Krugman 1953 –
Robert James Shiller 1946 –
Joseph Eugene Stiglitz 1943 –

 本書は,「経済学者たちの人生について調べるのも息抜きにした」という著者がまとめた「試験用の学説史ではなくて,ケインズに影響を受けて自説を展開した経済学者,あるいはケインズに反発した経済学者たちを中心とした,栄光と敗北の物語」(「はじめに」より)ということで,登場する経済学者たちの人間関係に触れることも多く,また,東谷さんらしい批判も随所にちりばめられていて,たいへん面白く読みました。

 ケインズ以外の経済学者は,それぞれ1章が割り振られ,章の冒頭には,経済学者の特徴を5行でまとめた詩のような文章が掲げられています。
たとえば,第7章で取り上げたミルトン・フリードマンについては,章のタイトルは「反ケインズ革命の英雄」であり,彼を紹介する5行詩はこんな内容です。

アメリカのケインズ政策の欠陥を鋭く衝いた論文を
次々に発表し,70年代にはサミュエルソンに代わって
アメリカ経済学の中心的人物となった。
フリードマンの市場への信頼は多くの提言の基盤だったが,
現実の経済はかならずしも彼の予測どおりにはならなった。

 また,日本では,相変わらずよく引用されているドラッカーについては,こう説明します。

 振り返ってみれば,高度成長期の日本人が,ドラッカー経営学に傾斜したのは当然だった。日本の読者は,ヨーロッパ的教養を背景にして資本主義の危機を乗り越えようとするドラッカー経営学に,製造業を発展させるビジネスマンの「倫理」を読み取り,自らの指針とするとともに部下への指導原理とすることができた。
 そしてまた,アメリカでは金融経済化が進み,経営から組織哲学や企業倫理が後退するなかでも,日本においては,製造業を中心に経営の哲学や倫理を重視する傾向が続いた。そう考えてみると,私たち日本人は,いまも製造業が主力である国に生きるからだけではなく,経営に思想や哲学があるべきだと思うかぎり,これからもドラッカーの著作を心して読むべきなのかもしれない。
 本書のもう一つの特徴は,注記が,書籍としてではなく,出版社のサイトからダウンロードする形で,提供されている点にあります。こうした手法をとったことに関して,著者はこう説明しています。

 それ(引用者注:注記)は本書には収めずにインターネット上で読んでいただくことにした。注記というのは,一般の読者にとっては邪魔なだけであり,好奇心のある読み手には欠かせぬ料理のスパイスであり,専門家を自称する人にはないと無根拠の証とされるので,このような形にさせていただいた。(「おわりに」より)
 確かに,引用した文献を示すだけなら,注記は必要ないかもしれませんが,こと本書に限っては,注記も読まれることを勧めします。引用文献の出所だけにとどまらない,東谷さんらしい,少し毒のあるコメントがふんだんに盛り込まれています。なお,注記だけでA4用紙で27ページに及び,これを本書に収納していたら,940円+税という価格は維持できなかったので分離したという側面もあるのではないかと妙に勘繰ってしまいますが,面白い試みです。

【税理士 米澤 勝】