[書籍]開沼博『漂白される社会』

漂白される社会

漂白される社会

 著者は,まだ30歳にもならない社会学者で大学院生。本書は2006年頃から続けられてきたフィールドワークの集大成ともいうべきもののようで,現代社会の周縁的な存在が12の章に分けて語られています。売春島,ホームレスギャルの移動キャバクラ,激安シェアハウスに集う人々,生活保護受給マニュアル,スカウトから見える繁華街の現在,闇ギャンブル,脱法ハーブ,右翼・ヤクザと呼ばれたアウトロー,過激派,フィリピーナ・ブローカー,ブラジル人サッカー留学性,中国人マッサージ嬢。どの章も単発の取材によって描かれたものではなく,長い時間をかけて取材がなされ,丹念に事実関係を追って記述されています。

 タイトルである「漂白される社会」について,著者はこのように説明します。

「漂白」とは「周縁的な存在」が隔離・固定化,不可視化され,「周縁的な存在」が本来持っていた,社会に影響を及ぼし変動を引き起こす性質が失われていくことを示す。これは,物質的なものに限ることなく,精神的なものにも至る。それは,これまで社会にあった「色」が失われていこうとする社会であるとも言える。
「色」が失われていくことは,次のように説明される。

「色物」「色事」のような言葉に現れる「偏りや猥雑さ」。社会の中で周縁的な立場に置かれながらもこれまではその存在を許され,あるいは,さげすまれながらも人々を魅了しても着た「偏りや猥雑さ」。その「偏りや猥雑さ」が社会から失われる。
この「偏りや猥雑さ」は「周縁的な存在」にこそ顕著に現れる。そこから「偏りや猥雑さ」が「失われる」というのは「周縁的な存在」事態が社会からなくなることを意味するのではなく,「偏りや猥雑さ」を持つ「周縁的な存在」が隔離・固定化されたり,不可視化されることを示す。
 本書で繰り返し問題提起される「あってはならぬもの」が視野の外に置かれ,固定化され,不可視化されている現実。それは「不快との共存が許されなくなった社会」でもある,と著者は言う。
 それは,「自由」で「平和」であるはずの現代社会で,人々が抱く個人的感覚――多くの人が「何か」に不自由を感じており,また,身の回りには争いや穏やかではない「何か」を抱えているようにも思える――と,俯瞰した時に見える社会の実態に乖離が生じていると説明する,社会現象とも関係があるのかもしれません。

 本書は,「ダイヤモンド・オンライン」で連載された文章を加筆され,まとめられたものです。隔週火曜日の公開を心待ちにしていたことを,あらためて思い出しながら,480ページを超える本書を読み終えました。巻末に附けられた50ページに及ぶ膨大な「注」には,社会学の論点がふんだんに盛り込まれ,本文を補完する以上の内容になっていると思います。

【税理士 米澤 勝】