[書籍]山口利昭「法の世界から見た『会計監査』――弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える」

法の世界からみた「会計監査」 ―弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える―

法の世界からみた「会計監査」 ―弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える―

 「ビジネス法務の部屋」でおなじみの山口利昭先生の新刊です。ブログでも話題として取り上げられることの多かった法律家と職業会計人の考え方の違いを,独自の視点で検証しておられ,ひじょうに面白く,拝読いたしました。
 小職が最も興味深く読んだ箇所は,「弁護士と会計士の守秘義務の差」でした。

 3月26日に企業会計審議会が発表した「監査基準の改訂及び監査における不正リスク対応基準の設定に関する意見書」のなかで,「監査における不正リスク対応基準」が設定された経緯が説明されています。「審議の経過」には,こんな文章があります。

 監査部会の審議においては,いわゆる「循環取引」のように被監査企業と取引先企業の通謀が疑われる場合等に,監査人として採ることが考えられる監査手続として,「取引先企業の監査人との連携が協議された。検討された「取引先企業の監査人との連携」は,被監査企業と取引先企業の通謀が疑われる場合の一つの監査手続であると考えられるものの,解決すべき論点が多いことから,今回の公開草案には含めず,循環取引等への対応について,当審議会において継続して検討を行うこととしている。(意見書15ページ)
↓ 「意見書」全文はこちら(企業会計審議会)
http://www.fsa.go.jp/news/24/sonota/20130326-3/01.pdf

 個人的には,こうした「取引先企業の監査人との連携」は,税務調査における反面調査のようなものですので,不正発見に関する監査人の期待ギャップを埋めるためには導入すべき手続であると思料しており,「解決すべき論点」とは具体的に何を指すのか,果たして解決できるのかといったことが気になっていました。

 4月3日に日本公認会計士協会で行われたシンポジウム「『企業統治と独立(社外)役員の役割』――公認会計士と弁護士への期待と課題――」では,公認会計士2人,弁護士2人によるパネルディスカッションがあり,著者の山口弁護士もパネリストの1人として登壇されておられました。ディスカッションのなかで,公認会計士のパネリストから,不正リスク対応基準に関して言及があり,「解決すべき論点」とは「監査人の守秘義務である」といった趣旨のコメントがありました。
↓ シンポジウムの詳細はこちら(公認会計士協会)
http://www.hp.jicpa.or.jp/ippan/jicpa_pr/news/post_1724.html

 対応基準のこの文章を読んだとき,小職も,こうした監査手続を採ろうとしても,守秘義務を理由に拒否される可能性はあると感じてはいたものの,明らかに不正が疑われる場面で「守秘義務」を言い訳に手をつけない,というのでいいのかどうか,違和感を持っていました。
 本書に,小職の違和感に対する山口弁護士の解答がありました。

 会計士には「適切な情報開示に協力する」という公益目的のための使命があることを重視するならば,実質的な依頼者は投資家や株主,会社債権者だと捉えられます。このことを前提とした場合には会計士の守秘義務はどう考えるべきでしょうか。
 会計士としては,クライアント企業に対する守秘義務がある,ということ方実質的な依頼者である株主,投資家,債権者には何も開示しない,という場面が想定されます。弁護士や医者の場合には守秘義務を最大限に配慮することが社会的使命を果たすために必要なのであり,真実義務についても,依頼者の秘密を守りながら裁判所で闘う姿勢を示すことにより真実発見に尽力する,ということになります。しかし会計士の場合には,これで社会的使命を果たしていると言えるのでしょうか。

 守秘義務が大事なのは言うまでもありませんが,有事の際には,それ以上に優先されるべきものがあるのではないかという,山口先生のご指摘を,公認会計士のみなさんはどのようにお考えになるのでしょうか。

【税理士 米澤 勝】