[書籍]根本俊一・西澤拓哉『セグリゲーションのすすめ』

セグリゲーションのすすめ

セグリゲーションのすすめ

 セグリゲーションsegregationというなじみのない言葉をタイトルにした2人の公認会計士による従業員不正を防止するための対策集。全編が,会計士と経営者との会話を通じて,不正の手口,発覚経緯,再発防止策が示されていて,たいへん読みやすく書かれています。
 セグリゲーションとは,英和辞典では,「分離」や「隔離」を意味するようですが,会計監査では「職務分掌」という意味で使用されているようです。本書のサブタイトル「その仕事,まさか一人に任せていないですよね?」という言葉が,セグリゲーションの必要性を語っています。
 本書で扱われている不正は,売上代金の着服が2例,架空・水増し発注が2例,不正な資金運用,棚卸資産・固定資産の横流し,架空人件費の詐取など,全部で8件ですが,どれも,担当者任せになっていたり,会社の中で聖域化して,周りが口出しできないような状況で,不正が繰り返されたりしていたものです。
こうした不正を防止するための手段として,セグリゲーションが紹介されます。

 セグリゲーションとは,不正が行われやすい業務について,必ず誰かのチェックが入る仕組みを作り,業務の分散を図ることです。キーとなる職務を細かく分けて,それを異なる従業員にそれぞれ振り分けるのです。(p.67)
 そして,中小企業における経営者(社長)自身による牽制機能がいかに大事であるかということ,税理士などの専門家の活用――例えば,売掛金の残高確認,固定資産の実査などを税理士に行わせることが有用であることが語られます。
 本書で示されている再発防止策は,きわめてオーソドックスなのもので,不正が起こってしまった会社だけでなく,幸い,まだ不正は起きていないが,企業規模が徐々に大きくなってきて,創業当初のように社長の目が届かなくなってきた中小企業経営者にとっては,ぜひ,自社事例に置き換えて,不正リスクを考える上で参考になるもではないかと思います。本書に登場する経営者のみなさんは,じゃっかん,物分かりがよすぎるような気がしないでもないですが,自社でセグリゲーションを導入する場合のコストと現状のリスクを比較衡量する材料としても使えそうです。

 セグリゲーションについて,プロローグでは,「ビジネスの世界においては,ほとんど浸透しておらず,公認会計士業界の狭い範囲でしか流布していないのが実状」と語られており,一方,あとがきでは,「おおよそビジネスといえる現場において,従来からごくごく当たり前のように行われてきたことでもあり,目新しいことではない」とも説明されています。
 私たち,不正検査士の間でも,不正防止のためにはいかに不正の「機会」を減らすか,そのための有効な施策として職務分掌と相互牽制,チェック機能の強化といったことを考えますが,この考え方も,セグリゲーションであるということでしょう。確かに,セグリゲーションという言葉は浸透していませんが,ビジネス上はごく当たり前に行われていると言えるようです。

 筆者は,友人から「面白本がある」と薦められてこの本の存在を知りましたが,タイトルに使われた「セグリゲーション」という単語の意味をよく知らなかったことから,おそらく,書店で実物を目にしても,素通りしていたと思われます。「われわれが提案する『セグリゲーション』という言葉に対する理解を深めていただかなくてはいけない(あとがき)」という考えから,本書のタイトルが決まったのではないかと思料しますが,見知らぬ単語に興味をもって本書を手にするか,筆者のように素通りしてしまうか,読後,書籍のタイトルの重要性と難しさを感じた次第です。

【税理士 米澤 勝】