[話題]的中馬券に対する課税処分

 3年間で28億7千万円分の馬券を購入し,30億円余りの的中配当を得た男性会社員(39)が無申告加算税を含む約6億9千万円を追徴課税された上に,所得税法違反の罪で大阪地検に告発され,起訴されたそうです。
↓ 読売新聞の記事はこちら。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121129-OYT1T00868.htm

 男性が実際に馬券で儲けたのは約1億4千万円。これだけでもすごい金額ですが,それを5億5千万円も上回る所得税を課税されたのでは,たまりません,東京新聞12月1日朝刊の「こちら特報部」の記事によれば,初公判において,男性会社員は,
「申告する意思はあったが,一生かかっても払えない税金で,申告できなかった」と述べたとのことです。なぜこんなことになってしまうのでしょうか。
 的中馬券に対する配当は所得税法上「一時所得」に該当するものとされます。「一時所得」とは,所得税法で分類されている10種類の所得のうち,利子,配当,不動産,事業,給与,退職,山林及び譲渡所得に該当しない所得のうち,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」をいいます(所得税法34条1項)。特徴としては,他の所得の非該当性,非継続性,非対価性といった消極的要件によりって判断される所得類型であるという点です。
 そして,的中馬券に対する配当が一時所得であるとされるのは,所得税基本通達34-1に,一時所得の具体例として「(2)競馬の馬券の払戻金,競輪の車券の払戻金等」と規定されていることを根拠とします。
 そのうえで,的中馬券に対する配当金に係る所得の金額は,「その年中の総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除して計算します(所得税法34条2項)。ここで問題となるのは「収入を得るために直接要した金額」とは何か,ということです。本件では,「当たり馬券の購入費用」だけを「収入を得るために支出した金額」として算定したことから,この男性が的中馬券で得た利益は約29億円となり,6億9千万円の追徴課税という処分が出たようです。
 男性はインターネットを使って馬券を購入していたそうですので,利用している銀行口座の入出金履歴と馬券の購入履歴を見れば,こうした課税処分は簡単にできそうです。
 ところで,一時所得の要件である「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」という法律上の文言ですが,馬券を購入するという行為は間違いなく「営利を目的」としているはずですし,この男性のように,週末ごとにたくさんのレースで多額の馬券を購入するという行為は,「継続的行為」ではないと言えるのでしょうか。たとえば,この男性が会社員を辞めて馬券だけで生活していたら〔プロのギャンブラーだったら〕,外れ馬券は当然必要経費となるはずですから,課税される所得は,3年間で約1億4千万円,追徴税額も数千万円にとどまったのではないでしょうか。
 前出の東京新聞の記事では,弁護を担当している大阪の中村和洋弁護士は,
「男性は業務のように競馬をやっていた。副業と同じで,外れ馬券を必要経費として差し引ける」と訴えているようですが,筆者もこの男性の場合は,一時所得という認定自体が間違っていると考えます。
 前述したように,馬券の払戻金を一時所得に分類しているのは,国税庁の内部通達であり,あくまで,たまたま的中馬券を手にした人を前提としている(懸賞金と同じ取扱い)規定であり,この男性のように年間10億円単位の馬券購入者を対象にしたものであるとは到底思えません。また,実際の的中馬券の払戻においても,所得税源泉徴収するといった課税実務はまったく行われていないわけで,今回の,大阪国税局の処分は,唐突であるとの印象を拭えません。
 また,男性社員が「申告する意思はあった」と述べたことが,逆に検察から違法性を追求される結果になるなど,一罰百戒的,見せしめ的な立件になっているようで気になるところです。
 男性社員は約30億円の馬券を購入してきたわけですから,その25%である7億5千万円は日本中央競馬会が受け取って,運営費に充て,また,一部は国庫納付金となっています(平成23年度実績2,293億円余り)。
 公営ギャンブルとして広く認知されている競馬の払戻金に対する課税を強化するくらいなら,法律上はギャンブルとして認められていないパチンコ・パチスロでの儲けに対する課税を適正化すべきではないかというのが,長く競馬を見てきた筆者の率直な感想です。

【税理士 米澤 勝】