[書籍]海川直毅『有罪捏造』勁草書房

有罪捏造

有罪捏造

 2004年2月,当時の大阪地方裁判所所長が徒歩で帰宅中を少年たちに襲われ,重傷を負った事件で,犯人として起訴された被告人の,無罪が確定するまでの法廷闘争を,被告人の弁護人自らがまとめた本です。「親父狩り」という嫌な言葉が流行っていた時期に起きたこの事件は,現職の裁判長が襲撃されたというだけでも衝撃的でしたが,裁判の過程で,大阪府警の見込み捜査の杜撰さが伝えられ,被告人らが無罪となったことは,記憶に残っていました。
 本書の中心となる法廷シーン。検察側証人に対する弁護側の反対尋問の様子が,実に細やかに描写されていて,読みだすと止められませんでした。とりわけ,弁護側から見ると,本件冤罪を捏造した捜査の責任者である警部補に対する尋問のシーンは,読み応えがあります。尋問に対し,証人が答えると,その答えに対する尋問者(筆者)の印象が延べられ,それを次の尋問へとつなげていくことの繰り返し。弁護士さんたちの法廷での尋問における思考方法の一端を教えてもらったような気がしました。
 そして,捜査官に対する尋問について,こう説明します。

 こうした捜査官の尋問では,彼らはどんな重大な事実を突きつけても,決して「間違っていました」とは認めない。弁護人から見ると明らかに嘘を言っていると感じることも度々ある。福本(引用者注:捜査責任者の仮名)も,こうした傾向を顕著にうかがわせる証言に終始したが,結局は言いっぱなしになる。弁護側としては,福本の証言が不自然,不合理であるとの印象を裁判官に与えるのが,反対尋問の最大の目的となる。
 本書では繰り返し,少年も含めた被疑者に対する取調べの厳しさを描写しています。実際の取調室内の様子は,刑事と被疑者にしかわかりませんので,本書で指摘されているようなひどい取調べが実際に行われているのかどうか,筆者はコメントする立場にないのですが,とくに少年や知的障害のある被疑者に対する取調べについては,不当な取調べを抑止するためにも,早急に可視化を実現すべきである感じた次第です。

 無罪判決が確定した本件の被告人らは,その後,国家賠償法に基づいて総額1,500万円の賠償金を得たそうですが,それでも,捜査に当たった大阪府警から,被告人らへの謝罪はなかったようです。
 著者である海川弁護士が,本書を世に出したのも,裁判所に違法捜査だと断じられてすら謝罪しない大阪府警の体質に対する憤りと,この事件を風化させてしまってはいけないという思いがあったのではないでしょうか。

 一つだけ,筆者が疑問に感じたのは,実名と仮名の使い分けでした。
 被害者,被疑者やその家族。関係者は,仮名にすべきなのでしょう。しかし,どうして,捜査を指揮した検事や訴訟担当の検事,大阪府警の刑事もすべて仮名にしなければならないのか,よくわかりません。捜査を担当する側が実名を明かすと,今後の捜査活動に支障があるから,実名を出すなという不文律でもあるのか,自主的な規制なのか,釈然としないものがありました。
 もちろん,裁判官は当然のことながら,一人を除いて実名で描かれていました。実名が明かされなかったのは,勾留理由開示申立ての公判を担当した若い女性の裁判官です。勾留理由の説明を求める弁護人に対して,「捜査に支障があるので答えられない」を連発した彼女は,質問に答えられずに黙り込んだ挙句,弁護人から,

「裁判官,裁判官には黙秘権はないんですよ。答えてください」
と追い討ちをかけられ,傍聴席からも失笑が漏れたということです(筆者も思わず吹き出しました)。この裁判官の名前を出さなかったのは,著者である海川弁護士の武士の情けでしょうか。

【税理士 米澤 勝】