[書籍]伍井和夫『監査人(オーディター)のための認知心理学――監査人を見守る科学のまなざし』

監査人のための認知心理学―監査人を見守る科学のまなざし

監査人のための認知心理学―監査人を見守る科学のまなざし

 公認不正検査士(CFE)による研究会で,いつも,科学的知見に基づくご発言をいただいている東洋電機製造株式会社監査部長,伍井和夫さんの著作が発売され,さっそく,読ませていただきました。伍井さん自身,常々,「私の研究は科学である」とおっしゃっておられますが,実証データに基づいた研究は,論理と直観に頼る哲学とは異なった説得力を有しているように思います。
 引用されている先行研究の多くはアメリカを中心とした監査人に対する実証研究に基づく分析であり,日本の内部監査人の特殊事情――あくまでも組織に属する社員であること,他部門の人材を内部監査人として受け入れることに伴う監査経験年数の少なさ――を考慮した場合に,そのまま活用できるものではないのですが,監査人の専門能力がどのように得られるかを解明することにより,初心者のパフォーマンスを向上させるための適切な教育・訓練及び監査支援ツールの開発を目的とした伍井さんの研究の成果が,読み取ることができます。

 日本監査人の能力について,実証研究による検証が必要であることを,伍井さんは次のように説明します。

 日本の監査人も職業的専門家として期待に応えることができる専門能力があるかどうか,実証研究を通じて継続的に実証する必要がある。実証研究の結果が期待水準を満たすのであれば,監査人に対する日本社会からの信頼は次第に高まる。実証研究の継続的な実施は,監査人が日本社会から信頼され,定着するためには不可欠である。
 あるいは,監査人の専門能力については,こんな風に分析します。

専門能力の要因は「専門的な知識・長期記憶の量(資料箱の引出しの数)」×「必要に応じた適切な自由再生能力(個々の引出しの滑らかさ)」と表記できる。
 各章とも,章末に,「日本の監査人に示唆するもの」として,先行研究や実証データから,日本の監査人が読み取るべきポイントをまとめているも本書の特徴です。
 例えば,経験豊富な監査人が,ネガティブな監査証拠に敏感であることが実証されていることから,日本の内部監査人においては,「ネガティブ項目の再生能力」を必要とする管理経験を持つ人材(法務・コンプライアンス部門,品質保証部門などの管理職経験者)を登用することによって,内部監査人の経験に代替できる可能性を指摘しています(第3章)。
 実際の企業においても,こうした部門経験者が監査部に配置されることは多いと思いますが,感覚として「向いているだろう」として配転を命じるのではなく,内部監査人の経験と比肩しうる実務経験を有していることが実証できれば,監査部門に登用することのメリットは大きいといえます。

 伍井さん,いつでも実験台になりますので,これからも実証研究を続けてください。

【税理士 米澤 勝】