[書籍等]倉橋隆行『損しない相続――遺言・相続税の正しい知識』

損しない相続 遺言・相続税の正しい知識 (朝日新書)

損しない相続 遺言・相続税の正しい知識 (朝日新書)

「相続で損をしない」ためには,どうすればいいのでしょうか。多額の相続税を納付せずに相続手続を終えるためには,必要なのは相続税に関する節税の知識でしょう。一方,他の相続人と比較して,きちんと自分の相続分を確保するためには,遺産分割のための民法知識が不可欠かもしれません。不動産コンサルティング会社を営む著者は,「資産家は知識武装を」すべきであると訴え,相続のみに限らず,不動産をはじめとした資産運用でも,積極的に専門家の力を活用すべきであると説いておられます。

 相続に関して言わせてもらえば,知らないことが,いちばん怖いのである。

 知らないことが怖いのは何も相続に限った話ではないかもしれませんが,確かに,相続に関してはちょっとしたことを知っているかいないかで,納付すべき税額が大きく違ってくることがありますので,この点,著者の主張はもっともでしょう。

 資産家と呼ばれる人たちの多くは,不動産(土地)を中心に資産形成をしており,土地をどうするか――売却してより効率のいい資産に変えるか,そのまま維持するか,あるいは賃貸マンション経営を行うか――によっては,大きく相続税が変わってきます。著者は相続税制とも絡めて,地方の広大な土地は手放して,市場ニーズのある都市部での不動産経営を奨めます。
 たとえば,小規模宅地の評価減(という表現を著者はしていますが,厳密には「小規模宅地等に対する評価の特例」というべきです)の制度の特徴を,首都圏在住者と地方在住者が同じ相続税評価額の土地を持っていたと仮定して(当然,首都圏の宅地は面積が狭く,地方の宅地は面積が広くなる)説明しているくだりなどは,さすが不動産コンサルタントといった感があります。小規模宅地等に対する評価の特例が一定の土地面積(たとえば居住用宅地等であれば240平方メートルまで)を対象にしている以上,単価(路線価)の高い宅地等の方が,評価上減額される価額が大きくなるわけです。

 例をあげます。
 首都圏の宅地 200平方メートルで評価額は1億円(路線価は50万円)
 → 現行税制でこの宅地が居住の用に供されていた場合の評価額
 1億円×(1‐80%)=2,000万円
 地方の宅地 1,000平方メートルで評価額1億円(路線価は10万円)
 → 現行税制でこの宅地が居住の用に供されていた場合の評価額
 1億円×(1,000−240)÷1,000?+1億円×240÷1,000×(1‐80%)=8,080万円

 つまり小規模宅地等に対する評価については,都市部に居住し,または事業を営む相続人の方が,実は優遇されているという面もあるのです。
 著者はこうした税制上の取扱いを指摘したうえで,先祖伝来の土地に縛られるのではなく,相続人が受け取りやすい形にして資産を形成すべきだと説いています。

 相続は,相続人がもらいたいものにして渡すべきなのだ。

 税理士ではない,不動産の専門家から見た,相続,相続税の問題点が明確に語られていて,全般に非常に興味深い内容だったのですが,たとえば,

 「実勢価格こそ相続税評価の適正価格」

という指摘など,日ごろ,ついつい路線価評価額と固定資産税評価額くらいしか検討しない税理士に対する警鐘であろうかと思います。
 また,次のようなコメントも,実業家ならではのものではないかと。

 私は,親からもらった財産もなく,自分でコツコツ銀行に借金してロ−ンを返済して,空室を恐れながら不動産投資をして資産を作ってきた。不動産を購入する都度,不動産取得税,登録免許税,さらには賃料収入などで事業税を払っており,既に支払うべき税金は支払い済みのはずだ。それなのに,なぜ死んだときに,また相続税を課税されなければならないのか。まったく理解できない。国や親からもらったものならわかるが,自分でリスクを背負って,買ったときも,運用しているときも,税金を払って納めているし,さらに固定資産税も永遠に払うにもかかわらず,私の場合,このままだとかなりの相続税を支払わなければならない計算になる。

 著者の言う「損しない相続」について,筆者なりに考えてみたところ,やはり,遺産分割をめぐって争いが生じること,それによって,兄弟姉妹やおじ・おばなど親戚と絶縁状態になってしまうことが,一番の「損」ではないかと思います。相続税対策が大事なことは言うまでもありませんが,相続人全員が納得する形で,もちろん,各人の遺留分を侵害しないように,遺産分割協議をまとめるかが,相続対策(相続税対策ではありません)の基本であり,そのためには,生前における準備が大切であると考えます。
 そおうした意味でも,資産家に知識武装を奨める著者の意見は参考になるところが多くありました。

【税理士 米澤 勝】