[書籍]高野秀行著『イスラム飲酒紀行』

 東京新聞の書評で採り上げられていて,ぜひ読みたいと思っていた本です。日ごろ,仕事のために,とか,業務上役に立ちそうだから,といったいささか功利的な視点で本を読むことが多いのですが,本書は,純粋に楽しませていただきました。

イスラム飲酒紀行

イスラム飲酒紀行

 著者の高野秀行さんは40歳代半ばの「辺境作家」だそうです。ルポを書くための取材に出かけたイスラムの国々における,酒のための悪戦苦闘を面白おかしく描かれた本書は,高野さんによれば「おそらく世界で初めての,イスラム圏における飲酒事情を描いたルポ」ということです。イスラム圏に出かけて,ここまでお酒を求める人はあまりいないでしょうから,たぶん,それは間違いないでしょう。
 ちなみに,私も高野さんに負けず劣らず酒飲みですが,だからこそ,イスラム系の航空会社のチケットは安くても購入することはないし,イスラム圏にはほとんど足を踏み入れません。それだけに,高野さんの酒を入手するためのご苦労話は,知らないことばかりで,新鮮でした。

「私は酒飲みである。休肝日はまだない。」
 高野さんの文章はこの文句で始まります。この文句を読んだだけで,仲間に出会えた気がして嬉しくなります。
 もちろん,著者に敬意を表して,私もグラスを片手に読ませていただきます。

 例えばイスラム系の航空会社で酒が飲めるかどうかを判別する鍵はフライトアテンダントにあるそうです。

イスラム系の航空会社は,ときどき機内で酒を出さないところがある。イラン航空やパキスタン航空などがそうだ。そのバロメーターがフライトアテンダントの様子なのだ。ここに航空会社のイスラム度が現れるのである。男だけだったり,ベールを被った女性のみだと,まず酒は出ない。

 なるほど,という感じです。イスラム系の航空会社がすべてアルコールを出さないわけではないのか,と。

 最終ページ近くにびっくりする記述がありました。
「仏教は酒を禁止している。」
 在家信者が守るべき「五戒」の最後に,「酒を飲んではいけない」というのがあるそうです。調べてみたら,五戒とは,
 不殺生(ふせっしょう)
 不偸盗(ふちゅうとう)
 不邪淫(ふじゃいん)
 不妄語(ふもうご)
 不飲酒(ふおんじゅ)
の五つ。確かに禁じられています。
 私も仏教徒の端くれで,法事の席などではお経を唱えることもあります。しかし,「不飲酒」については心当たりがありません。お経の中の戒律としては「十善戒」というのがありました。これまた調べたところ,
 不殺生(ふせっしょう)
 不偸盗(ふちゅうとう)
 不邪淫(ふじゃいん)
 不妄語(ふもうご)
 不綺語(ふきご)
 不悪口(ふあっく)
 不両舌(ふりょうぜつ)
 不慳貪(ふけんどん)
 不瞋恚(ふしんに)
 不邪見(ふじゃけん)
の十個でした。
 不思議なことに,わが家のお寺さん(真言宗です)では,酒は禁じられていません。最初の4つの戒は同じなのに,「不飲酒」がなくなって,別の6つの戒が加わっています。なぜこうしたことが起こったのかはまったくわかりませんが,ともあれ,私が帰依している仏教において飲酒は禁じられていないことが確認でき,今夜も安心して飲めます。

 もうひとつ,高野さんの言葉を引用します。

酒があるとき,酒飲みは果てしなく心が広いのである。

 かくして,私も夕方6時以降はおおむね「心が広くなって」しまいます。今夜も広い心を保つために,そろそろビールをいただきましょうか。

【税理士 米澤 勝】