[税制]酒井克彦教授の『青色申告制度廃止論』

11月11日から17日までは,「税を考える週間」でした。
その一環として,毎年,この時期に行われる税務大学校公開講座を受講しました。今年で17回目ということだそうですが,昨年までは,なかなか聴講する機会に恵まれず,今回初めて,和光市にある税務大学校を訪問しました。ここは,国税専門官などの研修組織で,日ごろは,国家公務員のみなさんが研鑽をつまれているところです。
筆者が訪れた初日(15日)は
横浜国立大学法科大学院の岩崎政明教授
『日本の財政状況と日本の将来――みんなで支える日本のあり方――』
国士舘大学法学部の酒井克彦教授
『申告納税制度における記帳や帳簿書類等の保存の意義――青色申告制度と加算税制度が意味するもの――』
という二つの講座が公開されました。
階段状の大教室で行われた講義は,座席の半分以上が空席で,受講者が少ないようでしたが,おかげで,筆者は前方中央の座席でじっくり拝聴することができました。両教授の講義を聴くのはいずれも初めてなのですが,個人的には,国税庁を退官後,極めて精力的に論文を発表し続けておられる酒井教授がどんな講義をするのか,大いに期待しておりました。
教室で,配られたレジュメをパラパラと眺めておりますと,酒井教授のものは,その分量とたくさん附された脚注に,圧倒されました。まぁ,脚注の多さに関しては,酒井教授の論文の特徴(失礼)でもあります――というよりは酒井教授が引用する脚注を当たることによって,知識の幅が広がるという意味で,筆者は大いに教授の脚注を活用させていただいております――が,内容は,これだけのものを,85分間でしゃべるのはきついのではないかな,という感じです。

紹介された酒井教授は,やや早口ですが,よく通る声で,シャウプ勧告から説き起こして青色申告制度の現状を説明していきます。そして後半,これが本題とも思える箇所に差しかかります。「青色申告制度廃止論」。
つまり,記帳・帳簿の保存は,申告納税制度の責務であるから,これを履行することによる特典(=青色申告制度)は不要であり,とくに,青色申告が98%選択されている法人税については,青色申告制度の役割は終焉を迎えていること,一方,個人所得税については,その普及が限界に達し,青色申告制度による特典よりも白色申告者に対する罰則を検討する時期に来ていること,などを論拠に,青色申告制度を廃止し,すべての納税者に,記帳と帳簿の保存を義務づけたで,記帳と帳簿の保存を行わない納税者に新たな行政上の制裁制度を設けようとするものです。
教授がこの論の契機として採り上げているのが,消費税における帳簿及び請求書等を保存しない場合には仕入税額控除を適用しないことを判示した最高裁判所平成16年12月16日判決でした。また,税制調査会の第7回納税環境整備小委員会(平成22年4月28日)でも,どの委員の発言かはわからないものの,青色申告制度の限界や廃止が議論されているとのことです。
http://www.cao.go.jp/zei-cho/senmon/pdf/sennouzei7kaia.pdf

その一方で,酒井教授は,青色申告制度の廃止により,課税庁が行う処分についてはすべて「理由附記」が要求されること,帳簿調査に基づいた処分が要求されることなど,課税庁の負担が重くなる(納税者にとって有利になる)可能性についても言及されています。ただ,こうしたことは,青色申告制度の廃止か存続かに関わらず,課税庁側が当然行うべき行政手続であり,青色申告制度という,納税者の恩典を廃止することと同じレベルで議論することではないと,個人的には思うところです。
また,課税庁は税務調査に際して,帳簿書類が提示できなければ,「青色申告の承認を取り消しますよ」というのを,一種の脅し文句として使っていた節がありましたが,そうした切り札は使えなくなりますので,畢竟,記帳義務を果たしていない納税者には新しい加算税制度が創設されるのではないかという懸念もあります。

酒井教授の講義は時間を少し超過して,終わりました。『中級編』と,税務大学校の案内にはありましたが,講義の内容は,税務の専門家である筆者のような税理士をも飽きさせない,興味深いものでした。

酒井教授の論文は,私たち実務家からは「課税庁寄り」ではないかと思う記述が少なくありません(筆者の偏見かもしれませんが)。本日の講義における「青色申告制度廃止論」は,教授が2009年「月刊税務事例」に寄稿された『申告納税制度の基礎をなす記帳制度の充実』を下敷きにされていたものだと思料しますが,この論文を含め,一連の教授の論考が,『新しい所得税の申告納税制度』を提言するような壮大なものになりそうで,今後の論理の展開に,大いに注目させていただきます。
本日の講義でもじゃっかん言及がありましたが,青色申告制度と租税特別措置法における税の軽減規定との関係,推計課税や概算経費率といった,そもそも記帳や帳簿書類の保存を前提としない制度(申告納税制度の例外的措置)をどうするのか,記帳をしていたばかりに「隠ぺい・仮装」を認定されて重加算税を賦課される一方,記帳がなければ隠ぺい・仮装行為の認定が難しいことなど,青色申告制度廃止論を展開するためには,整理していく論点はたくさんあるようです。

(米澤勝)