[税務訴訟]受贈者の住所地認定をめぐる争い――武富士元会長長男の贈与税問題

武富士自体が会社更生法の適用を申請するという,本件の贈与税問題が発生した時点では考えもつかなかったような事態が発生しておりますが,いよいよ最高裁判所が,判断を示すことになりそうです。

http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY201011120506.html?ref=any

第一審判決(東京地裁平成19年5月23日判決)を読んだときに,ひじょうに上手にデザインされた課税回避行為だという印象を受けましたが,住所地を国外にすることにより日本での課税を回避するという考えそのものは,手口としてはもはや古典的なものでしょう。
本件で争いになった「相続税法における住所」は,基本通達で,「各人の生活の本拠をいうのであるが,その生活の本拠であるかどうかは,客観的事実によって判断する」と定められており,単に滞在日数が多いかどうかによって判断すべきものでもない(最高裁昭和27年4月15日判決)とされてきました。とはいえ,これまでの課税当局が,この客観的判断に当たり,「滞在日数」を拠り所にしてきたことは否めません。そして,本件では,納税者は課税期間中の約3分の2の日数を香港で過ごし,香港法人の役員に就任するなど,外形的は「住所を香港とする」形式を整えています。
第1審は,納税者の主張を認め,国の課税処分の取消を命じます。当時,その贈与税額の大きさからマスコミにも大きく報じられました。一方,事実認定に大きな違いはないまま,控訴審では,この判決が覆ります(東京高裁平成20年1月23日判決)。
これらの判決には賛否両論があり,今回の最高裁判所における弁論期日の指定は,この論争に決着をつけることになりそうです。
筆者としては,当時の法律によって裁判が行われる以上,第1審の東京地裁判決のほうが合理性を有しており,あえてこれを否定するのであれば,控訴審のように,杉並の自宅に納税者の居室がそのままの形で残っているとか,香港に家財道具を移動していないとかいう瑣末な事実認定で争うのではなく(納税者が独身であったことを考えれば,こうした事実がそのまま「日本での居住意思」を立証することは難しいと考えます),権利の濫用であることを理由に否認する方が,他の納税者の理解を得やすいのではないかと考えます。権利の濫用による否認事例としては,たとえば,銀行による外国税額控除制度についての最高裁判所平成17年12月19日判決などがあります。
税理士という立場を離れてみれば,グレーゾーン金利という法の盲点をつくような商法で巨額の富を築き,その財産を同じく法の不備をかいくぐって長男に移転しようとした元会長の手法が認容されることには疑問を感じる面もありますが,かといって,税負担の公平だけを理由に,権利の濫用として否認されるのも,ひっかかりを禁じ得ません。納税者の側に,課税回避行為を行う意図があったかどうかは,本来,課税するかどうかには関係のないものであるはずです。

本件の贈与税については,延滞税を含めて納付済みであるとのことですから,納税者である武富士創業者のご長男は,本件訴訟で勝訴した場合には,還付された税額をすべて,武富士の過払い金返還のための基金として寄附する,なんていうことを表明すれば,一般納税者の反感もいくばくかは解消されるのではないかなどと夢想しますが,どうなりますでしょうか。

なお,本件のような課税回避行為は,その後の税法改正により,実行できなくなっておりますが,こうした改正が必要だったにもかかわらず,本件が問題になるまで改正を行わなかった課税庁側の不作為のほうが,本当は問題なのでしょう。

(米澤勝)