相続税と所得税の二重課税をめぐる問題

昨日,最高裁判所で,弁論を傍聴してきました。最高裁に入るのは初めてです。場所は第三小法廷。裁判長は那須弘平さん。地方裁判所高等裁判所とは,やはり,雰囲気が違います。荘厳とでも表すればいいのでしょうか。何より,傍聴に至る手続きが,なかなか面倒なものでした。上告人(納税者)側の傍聴人が30名足らず,集まっていました。
事案の概要は,相続により取得したものとみなされた年金払の生命保険金請求権について,相続税の申告時に課税価格に算入されて課税の対象となったものが,その後の受け取りに伴い,その年の雑所得として所得税が課税されることが,二重課税にあたるかどうか,というものです。
所得税法は9条1項15号に,「相続,遺贈又は贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続,遺贈又は個人からの贈与により取得したとみなされるものを含む。)」については,所得税を課さない旨,明文で規定していますので,この文言だけを読めば,雑所得として課税されるのはおかしいように感じます。一方,これまでの課税実務では,例えば期間10年の年金払の保険金(定期金)であれば,相続税の段階で,受けるべき金額の100分の60が相続税の課税価格に算入されて,かつ,その後,毎年の受給金額が雑所得として,所得課税(保険会社による源泉徴収)されてきました。これは,法律に明記された取り扱いではなく,国税庁内部における通達により,行われてきたものです。課税庁は,10年間の定期金を受け取る権利(基本権=みなし相続財産)とその権利に基づいて取得した現金(支分権)とは経済的価値が同一のものではない,と主張してきました。

第1審の長崎地裁は,原告納税者の主張を全面的に認めましたが,控訴審福岡高裁)では一転して,課税庁の主張を認めた逆転判決が言い渡されました。その後,納税者が上告受理の申し立てをし,口頭弁論が開かれたというものです。
長崎地方裁判所は,「相続税法による年金受給権の評価は,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現価(正確にはその近似値)に引き直したものであるから,これに対して相続税を課税した上,さらに個々の年金に所得税を課税することは,実質的・経済的には同一の資産に対して二重に課税することは明らかであって,所得税法9条1項15号の趣旨により許されない」と明確に判示し,納税者の主張を全面的に認容しました。一方,控訴審の福岡高等裁判所は,一転,課税庁の主張を認めました。つまり,個々の年金の取得については,被相続人が負担した掛金であっても,被控訴人本人が負担した掛金であっても,所得税の対象となるとし,また,年金受給権については,「被控訴人は,自ら保険料を払ったものではないのに,被相続人の死亡により,本件年金受給権を取得したのであるから,相続税の課税対象である」として,「本件年金受給権の取得に相続税を課し,個々の年金の取得に所得税を課することを,二重に課税するものということはできない」を結論づけました。

これらの判決に関しては,賛否両論があり,昨日,弁論の後で行われた判例研究会の席でも,様々な見解が出ましたが,今回,最高裁判所が上告受理を認め,しかも,弁論を開いたことにより,何らかの判断がされることになるものと考えられます。
もし,二重課税にあたるという判断が出た場合,所得税の還付を求める多数の納税者が発生することになり,しかも,源泉所得税は生命保険会社が誤って徴収したという理屈になるため(本裁判における課税庁の主張),実務に与える影響は非常に大きいと言えます。
なお,本訴訟と関係があるかどうかは不明ですが,平成22年度改正で,年金払の保険金(定期金)に関する権利の評価が改められました。
注目の判決言い渡しは7月6日と決まり,最高裁判所の判断がどのようなものになるのか,ぜひ,判決期日にも最高裁判所に足を運びたいと思っています。。

(米澤勝)