[書籍]マックス・H・ベイザーマン+アン・E・ブランセル『倫理の死角』

倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか

倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか

 行動倫理学という,新しい学問の知見を1冊にまとめたものです。副題は「なぜ人と企業は判断を誤るのか」。行動倫理学とは,

倫理上のジレンマに直面した人間が,どういう理由でどのように行動するのかを解明する学問
と定義されるということです。
 この本では,2人の著者が,私たちが有している「倫理の死角」に気づき,克服する方法について,さまざまな実験を通して,検証されています。
 これまでも,ダン・アリエリー教授の著作に代表されるように,行動経済学の側面から,人間の行動がいかに不合理で,その意思決定にはいろんなバイアスがかかっていることを実証してきた研究者は多くいらっしゃいますが,本書では,どうすれば,「倫理的に行動できるか」について最終章を割いて対処法(「倫理の死角」の克服法)を提言しており,注目です(第8章 意思と行動のギャップを埋める)。

 本書で引用されている実証実験の多くは,すでに,行動経済学の様々な著書で言及されているものがほとんどですが,実験結果が「倫理」を軸に分析されているところ,また,個人の倫理性と政治システムとの相互作用が描かれている点が,本書の特徴であろうかと思います。
 例えば,第7章では,「なぜ改革が実現しないのか」をテーマに,たばこ産業,会計事務所,エネルギー産業において,政府が賢明な政策を実行できないプロセスが分析されています。とりわけ,圧巻だったのは,1990年代後半,監査の独立性に関して危惧を抱いていた当時のSEC委員長が,会計事務所の監査機能とコンサルティング機能を分離する改革に乗り出した際の,会計事務所側の強烈なロビー活動が克明に記録されています。会計事務所のロビー活動が実って,その改革が頓挫した後,エンロン事件の発覚につながっていく様子が,エンロン事件を経験しても,一向に改革が進まないアメリカの会計システムについて,同じく監査機能とコンサルティング機能を分離すべきだと主張してきた著者(ベイザーマン)によって活写されていて,実に興味深い1章でした。

【税理士 米澤 勝】